穀物は元来植物の種であり、芽を出して成長するために多くの栄養素が蓄えられています。「種が芽を出す」というのは、その「種」に蓄えられた栄養やエネルギーを「芽」が消費し、成長して行くことを意味しています。つまり、我々人間は「種」を食べることによって、本来「芽」が成長するために使うはずだったエネルギーや様々な栄養素を体の中に取り込んでいる、というわけです。
その「芽」、つまり麦の場合は「麦芽」が、「種」に蓄えられているエネルギーを消費して育って行く際に、「種」に蓄えられているでんぷん質(エネルギーの元)を糖分に変える(消費できるエネルギーへと化学変化させる)ことで、蓄えられたでんぷん質をエネルギーへと変換し、成長の糧とします。これは、我々人間の体の中でも、脂肪やでんぷん質が糖に変換されるという形で同様のことが行われています(ちなみに、食べ過ぎや運動不足でと太るのは、接種する脂肪やでんぷん質の量が、エネルギー消費の量を越えてしまい、消費する必要の無い分の脂肪(エネルギーの元)が体内に蓄積されることが理由です)。
これが、いわゆる「発酵」と呼ばれる行程です。例えばウィスキーの場合、収穫した穀物(=種)を人為的に「芽が出る(発芽する)」環境に置き、穀物の中に蓄えられている栄養素を「芽」が分解し、エネルギーに変えて行く中で副産物として生成されるアルコールを利用し、「酒」を作っているということになるのです。
このことから、「酒造り」というのは、まさに「生き物同士の付き合い」である、といえるでしょう。近年は化学合成によるアルコールを添加するなどのやり方で酒造りがなされることもありますが、いわゆる伝統的な「酒造り」は、紛れも無く「生き物同士の付き合い」であり、「生き物同士の戦い」であるといえるでしょう。
その意味では、酒を造り、そして酒を飲むというのは、非常に罪深い行為であるといえるかもしれません。他の生命体の成長の可能性を奪うことで、我々は酒を造り、酒を楽しんでいるのですから(もっともこれは、「食」に関しては全て共通して当てはまることなのですが...)。
しかしそれだからこそ、「酒」の世界は、大きな魅力を持って、私を魅了しています。我々が一杯の酒を飲むとき、私は、他の「生命」の成長の可能性を体の中に取り込み、自身の人生の糧とします。だからこそ、「酒」を飲むことに、大いなる価値を見いだして行くことが求められても良いのではないでしょうか。
私は、それが、「バー」という空間が持つ存在意義のひとつなのではないかと思っています。
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