ドランブイ(Drambuie)は、スコットランドのスカイ島(Isle of Skye)で製造されるリキュールで、様々なモルト・ウィスキーをブレンドし、ヒース(heath)の花の蜂蜜/エキス、各種ハーブなどから作られています。
「ドランブイ」という名称はゲール語(Gaelic:アイルランド/スコットランド/マン島で使用される言語)の「満足できる酒(dram buidheach)」に由来しています。
原料として使用されるヒースの花はヘザーとも呼ばれ、スコッチ・ウィスキー製造の過程で大麦麦芽の発芽を止める乾燥工程に使用されるピート(植物遺骸が十分分解されずに堆積してできた泥炭)として利用されているものです。そのことを考えると、ドランブイはまさに「『ウィスキー』のリキュール」だといえるでしょう。
ドランブイのラベルには "Prince Charles Edward's Liqueur" と印字されていますが、これはドランブイというリキュールの製法に関わる逸話に基づいています。
ステュアート王家(the House of Stuart)のチャールズ・エドワード・ステュアート(Charles Edward Stuart 1720.12.31 - 1788.1.31)は、名誉革命でイングランドを逐われたジェームズ・フランシス・エドワード・ステュアート(James Francis Edward Stuart)の子としてローマで生まれました。亡命先のフランスから援助の約束を取り付けて王位継承権を争う戦を起こし、スチュアート王家の見方であるジャコバイト党員の多いスコットランドに上陸。政治の中枢であるロンドンを目指しましたが、支持勢力との連携がうまくとれなくなって大敗し、スコットランドのスカイ島へ逃げ込みました。
王子の首には3万ポンドの懸賞金がかけられましたが、その際に彼をかくまったのが、スカイ島グレンモアの豪族マッキノン家のジョン・マッキノン(John Mackinnon)。王子のために舟を手配し、再びフランスへの亡命を手助けしました。その際に、褒美として王家秘伝の酒の製法が授けられ、それがドランブイであったといわれています。
ドランブイのラベルに「1745年からレシピは極秘とされています(... and a recipe kept secret since 1745)」と記載がありますが、ドランブイは長らくマッキノン家の極秘の家宝とされ、世に出ることはありませんでした。しかし、1906年にマルコム・マッキノン(Malcolm McKinnon)がエジンバラ市(Edinburgh)の酒造会社の共同経営者となり、商品化に踏み切り、1910年に最初の販促キャンペーンを実施、1916年には英国乗員の酒蔵に納入されるまでになり、現在まで至っています。
ドランブイというリキュール自体は一般で入手可能となりましたが、今でもその生産はマッキノン家が行っていますし、レシピも極秘のままで守り通しています(ラベルに記載:The recipe for drambuie which has been handed down through the generations and remains a closely gurarded secret by The Mackinnon Family to this day)。
なお、「ドランブイはタリスカーベースで作られている」という話を聞くことがあるのですが、どうやら正確には「同じスカイ島で作られている」というのが、正解のようです。リキュールブック(福西 英三著)によれば、「熟成15年以上のハイランド・モルト・ウィスキーを中心に、約40種のスコッチ・ウィスキーをブレンド」という書き方をしています。
タリスカーはモルト・ウィスキーの分類上ではアイランズ・モルトであり、ハイランド・モルトではありません。同じスカイ島に存在する唯一の蒸留所ですからドランブイにタリスカーが入っている可能性はありますが、「ドランブイはタリスカーベースで作られている」という言い方をするのは、正確ではないといえるでしょう。もちろん、「同じスカイ島で作られている」わけですから、個性が似ている部分がある、という言い方はできると思いますが。

