昨年末、有機ELテレビがソニーより発売された。
テレビのディスプレイは画面の後から光を当てる事によって、画面を映し出している。今までは開発されてきたディスプレイは、ブラウン管にしろ液晶にしろ、画面の後に発光部位を置く必要があり、それがかなりの厚みをもたらしていた。
しかし、ホタルなどの発光生物の発光原理と同じ原理で発光するこのディスプレイは、リンク先の説明書きを見ればわかるが、発光部位をナノ単位の薄さに加工している。このことにより、今まではどちらかといえばディスプレイ=機械という認識であったものが、ディスプレイ=紙、ディスプレイ=布といった発想の転換をすることができるようになったといえるのかもしれない。
この技術自体は数年前に既に実用化に向けて動き始めていた記憶がある(>>参照:筆者の個人ブログ記事 2005/8/5)。やっと分かり易い形で一般人の目に触れるようになってきた感があるが、どうやら有機ELは、既に携帯電話ディスプレイとしては、使われていたようである。
ちなみに、武蔵野美術大学基礎デザイン科2007年度入試の小論文では、テレビに関する出題があった。
生徒に課題をやらせてみるとテレビの厚みに関しての話題を書こうとすることがあるのだが、既に有機ELのような薄型のディスプレイが実用化されていることを知らないまま、「未来」の薄型テレビを語ってしまうことも多い。
リンク先のブログ記事にも書いたのだが、美術業界に関わっていこうとする受験生は、テクノロジー関係の情報にアンテナを張っておくことをお勧めする。近代の美術史を学んでみればわかるだろうが、急速なテクノロジーの進歩に、近代の美術業界は今のところ、振り回されてばかりである。
美術の世界にもコンピューターが入り込んできているが、コンピューターという存在自体が、視覚ではなく、言語を基礎としていることをしっかり自覚して欲しい。言語を基礎としているものの中で、擬似的に視覚表現が実現されているだけなのである(もちろん、それだけでも、たいした進歩とは言えるのだが)。しかし、もっと「純視覚的な」デジタル的な表現手段を美術業界の側から提案するくらいの気概が欲しいと、個人的には思っているのだ。
未だに、コンピューターの画像は、左上から右下に読み込んでいる。これは、英文を読むのと同じ感覚の処理の仕方であり、視覚表現の「読み方」とは、全く異なっているという事実に、どれだけの人が気づいているだろうか?
美術業界をこれから目指そうとする学生には、その事実を「おかしい」と思う感性を養うような、勉強をして欲しいと思っている。


