『鉄道八里』時は明治の末、新橋〜下関間に特急の運転が開始されたばかりの新橋の停車場には、小とき、小ふね、小のりという三人の弟子を連れた落語家、柳家小圓(やなぎや・こえん)が未だ来ない列車を待っていた。 末弟子の小のりは14歳である。小圓師に弟子入りして修行を始めた身の上とはいえ、未だ子供だ。開通したばかりの特急に乗れるというので、やけに浮かれている。浮かれていたのは小のりだけかというと、そうではなく、小とき、小ふねといった兄弟子達も表立ってはいないものの、矢張り内心では特急という初めての経験に胸を膨らませている。三人とも、実のところ前日の晩は碌に眠る事の出来ないほど興奮しきっていたのである。 落語家に弟子入りするということは、新しい師弟関係の下に貧乏を共にしていくということと同じである。弟子は稽古を受けるのに師匠に月謝を払ったりはしない。その代り、住み込み食客として、様々な雑用をこなす。だから食っていられれば満足の生活である。師匠の方でも、*真を打ったとはいえ、決して贅沢な暮らしが出来るわけではない。よほどの人気を博さない限り、自分自身が食うや食わずのことも多い。噺家の貧乏暮らしは、枚挙に暇が無いくらいなのである。しかし、だからこそ貧乏でどうしようもない可笑しみというものが演じられるのであろう。 小圓師とて、真を打ってはいるものの、本来は三人の弟子を連れ、単なる観光の目的で特急に乗って悠々などと、贅沢出来るほどの身分ではない。しかし今回は仕事の為の旅であり、名古屋の興行先が交通費を全てもってくれる事になっていた。小圓師は話の種になればよいと、弟子たちと一緒に特急へ乗ることにしたのである。 それが三人の弟子が浮かれていた理由であった。普段はする事の出来ない贅沢。そして開通したばかりの特急に乗るということが、江戸の人情を今だ残した噺家の、江戸っ子初物食い精神を満足させていたこともあっただろうか。 そんな中で師匠の小圓は、その顎骨の張った顔を喜びに崩すこともなく、何時ものゆったりとした表情を一人保っていた。 汽笛を上げ、煙突から黙々と黒い煙を出しながら、ゆっくりと黒塗りの汽車がホームに滑り込んでくる。それが初めて乗る特急であった。 一行が乗り込むと、しばらくして汽車は発車した。四人掛けの座席の窓側に座った小圓は、何やら考え深げにゆっくりと動いて行く窓外の景色を眺めた。 小圓の向い側に座っていた小のりが窓を開け、高らかに歌い始めた。
〜 汽笛一声新橋を はや我汽車は離れたり 「…えらい賑やかだな、小のり。」小圓はが些か面食らったような表情で言った。 「へへへ、師匠。この日の為に、“鉄道唱歌”を全部覚えたんです。名古屋までの停車場を全て歌ってご覧にいれますから…。〜 右は高輪泉岳寺(せんがくじ)…」 やがて汽車は川崎を過ぎ、鶴見に入った。相変らず小のりは窓を空けたまま歌っていた。
〜 鶴見神奈川後にして ゆけば横浜ステイション 「驚いたね。本当(まじ)に全部覚えたらしいよ。」小ふねが言った。 小圓は窓外を見るのを止め、座席の背もたれに寄りかかるようにして目を瞑り、一番弟子の小ときに言った。 「あたしゃ少し眠くなったから一寝入りするよ。静岡を過ぎたら起こしとくれ。」 小圓が眠っている間も、小のりは停車場を過ぎるたびに歌い続けた。歌詞には少しの間違いもなかった。
〜 駿州(すんしゅう)一の大都会 静岡出でて阿部川を 「…師匠、静岡を過ぎましたよ。」小ときは小圓を揺り起こした。 小圓は軽く欠伸をすると、首の凝りをほぐして、再び窓の外を眺め始めた。 「まもなく島田だな…。」 小圓の表情は、やけに硬く緊張していた。もう七年以上を小圓の下で修行している小ときが、何時もの小圓に似つかわしくない表情を不思議そうに見詰めた。 「師匠、島田の町が何か…。」 「いや、昔巡業に来たことがあってな。東海道が開通する前の事だ。」 小圓はそれ以上何も語ろうとはしなかった。
明治二十一年のことである。未だ一七才の前座、当時小いもと名乗っていた小圓は、島田の町に旅芸人の一座として逗留していた。雨が容赦なく降り続く梅雨時である。「芸人殺すにゃ刃物は要らぬ」というが、東京から東海道を通って巡業してきた一座は、雨の所為もあってか、三嶋、沼津、清水、静岡と全ての興行が不入りだった。一座は何日もの間ずっと木賃宿に止まり込み、夫々が気を滅入らせていた。 おまけに、一座の中の千代松と鶴奴の漫才師夫婦の娘タエが、島田の町に来てから何やら重い病を患ってしまっていた。医者に診せようにも、巡業が**御難(ごなん)続きでは、金が余分に有る筈もない。実のところ、巡業を中断して東京に戻ろうにも、旅費がもう無かった。安普請とはいえ、木賃宿に泊まるのでさえあと何日持つかというところだったのである。 大人の中に混じって旅をしていた小いもは、五つ年下で十一歳のタエとは兄妹のように仲良くしていた。そのタエが熱に浮かされた真赤な顔でずっと布団に寝たきりで、気が気ではなかった小いもは、漫才師夫婦と一緒に付きっきりでタエの傍に居た。 タエの枕元に座っていた小いもは、心配そうに頭を撫ぜてやっていた。しかしどのように看病してもタエの病気は良くはならず、病状はかえって酷くなる有様だった。タエの熱はあまりにも高くなり過ぎていた。一座は、このまま燻(くすぶ)っている訳にはいかない事を痛烈に悟った。 深刻そうに相談する一座の中で、座長格の噺家・林家高蔵が言った。 「掛川宿の加賀見という興行師さんが、情のある人だという噂を聞いたことがある。窮状を訴えれば或いは力になって下さるかもしれない。」 しかし、島田から掛川までは八里の道程があった。線路は布かれていたものの、まだ汽車が通っていない頃である。行くとなったら誰かが歩いて、否、タエの病状の事を考えれば一刻も早く走っていかねばならない。 「師匠あたしが行きます。走って掛川まで行きます。なあに、八里の道ぐらい…。」小いもは高蔵に申し出た。 雨は相変らず降り続いていた。小いもは、破れて継ぎだらけの番傘を差し出されたのを、走りづらくなるからと断って、宿を出て行った。 小いもは布かれたばかりの線路沿いの道を、雨に濡れながら八里の道をひたすら走った。一旦立ち止まってしまえばそのまま走れなくなりそうだったから、八里の道をずっと休まずに駆け続けた。冷たく雨に打たれて黙り込んでいる線路を横目に、汽車の走っていないのを恨めしく思った。 それでも道中ずっと走った甲斐あって、掛川の町には昼過ぎに着くことが出来た。まだ雨は降り続いていた。興行師加賀見は町の名士であり、家を探し当てるのにはそれほど時を費さなくとも済んだ。 小いもは加賀見に自分たち一座の窮状を訴え出た。加賀見は脇息に寄り掛かり、凝然とその話を聞いていたが、おもむろに口を開いた。 「お前は、芸人だな?」 「はい。未だ前座でありますが、噺家をやっております。」 「ふむ…」 加賀見は暫しの間考え込んだ。小いもはやっと落ち着きかけた息を飲み下しながら、加賀見の様子をずっと窺っていた。 「只で銭を恵んでもらうのは物乞いだ。しかし私は興行師、お前さん方は芸人だ。私の小屋で興行を打つのならば、金は出そう。だが私も商売人だ。打っても客の来ないような興行は打ちたくはない。」 「…私らに興行を打たせてもらえるので?」 一座にとっては、願ってもない話であった。 「座長の林家高蔵は怪談話の名人です。他にも講釈、浪花節、漫才など色々居りますが、芸に乱れのあるような者は一人も居りません。…」 「口では何とでも言える。今ここでお前さんが手見せをするが言い。お前さんは未だ前座だが、下っ端のお前さんが面白ければ、一座の他の芸人も観るべき価値があるに違いない。」 「……ようがす、旦那。聞いておくんなさい。」気を落ちつける間も殆ど無かったが、小いもは必死になって噺を始めた。「昔は二八蕎麦というものが有りまして、十六文で商いをしておりました。…」 「時そば」である。屋台の蕎麦を食べた職人が、上手く勘定を一文誤魔化して帰って行く様子を見た***与太郎が、自分も真似をしようとしてかえって損をしてしまうという人口に膾炙した噺だ。 小いもは演(や)りながら、ずっと自分に言い聞かせ続けた。トチってはならない。自分の話に、一座の命運が、そして妹のように可愛がってきたタエの生命がかかっているのだ。やがて噺は落(さ)げにかかった。 「…『おい、幾らだい?』『へえ、十六文で御座います』『銭は細けえんだ。手を出してくんねえ』『へえ、これへ頂きます』『いいかい、ひい、ふう、みい、よう…』」 噺を落げた後は、何か考え込んでいる様子の加賀見の沈黙が暫く続いた。一席を演じ終わった小いもは、背筋を伸ばしきちんと正座したままで、加賀見が口を開くのを待った。 「…真打の芸は、完成されていなければならん。しかし、前座の芸で見るべきものは完成ではなく、芸に打ち込む気概がどのくらいあるかだ。お前さんの芸は未熟だが、気概に満ち溢れている。末は名真打になるに違いない。よろしい、金を貸そう。貸してあげよう。ここに五十円ある。取り敢えずはこれを持って島田へ戻り、一座を呼んでくるがいい。」 「あ…有難う御座います。」小いもは畳に額を摩り付けて平身した。そして金を受け取ると、もう日も暮れかかっているから泊って行けという加賀見の申し出を丁重に断って、一刻も早く島田へと、雨上がりの夕日色が空に滲む中を、またひたすらに走って戻って行った。 島田に着いた時には、もう日は沈んで暗くなっていた。真暗な中を薄く明かりの灯っている木賃に小いもは駆け込んだ。扉を開けると袂から借りてきた五十円の札束を取り出し、息を切らせながらも高々と掲げた。 「高蔵師匠!こ、これ…」 様子がおかしかった。一座の者は黙ったままただ顔を見合わせていた。タエの母親である鶴奴が泣き崩れ、沈黙は破られた。 「小いもさん…遅かったよ…遅かったよ…。」 小いもは札を握り締めたまま、へたり込んだ。
〜 掛川袋井中泉 何時しか後に早なりて 小圓は小のりの歌声で、もう掛川の駅に来たのに気付いた。小圓は袂から懐中時計を取り出した。 ――島田から息せき切って走った八里の道が、たったの三十分か…。もしもあの時鉄道が通じていたら、おタエちゃんも…。 タエは、息を引き取る前に言ったそうだ。 「おっ母さん、小いもさんに伝えて…。どうかあたしの分まで長生きしてって…。」 小圓の目から、久しく見られなかった涙が零れ落ちた。 「…師匠?」小ときが不思議そうに小圓の顔を覗き込んだ。 「こ、こら、小のり!お前が窓を開けて歌など歌っているから、煤煙(すす)が目に入っちまったじゃねえか!」 思わず小のりを叱りつけた小圓であった。 小のりは歌うのを止めた。 ――それでも窓外の風景は、ずっと変らずに流れていく。
(漫画・寄席芸人伝/古谷三敏『掛川八里 柳家小ふく』改作) *真を打つ 噺家が、一人前の師匠として認められること。真を打って初めて、他の噺家からも「〜師匠」と呼ばれるようになる。噺家の格付けの中では、前座が一番下、それから、二つ目、(三つ目)、真打。真打が最高ランク。 **御難 巡業の一座が興行不入りで酷い目にあうこと。 ***与太郎 落語においては、少し頭の弱い男の代名詞。ちなみに、町の破落戸(ごろつき)は与太者。
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