『残滓(桜2)』
生命の気を感じないままに薄闇の中を一人歩いていると、終いには自分の中でうごめく血脈と鼓動と、息遣いのリズムのみが聞こえてくるようになってくる。 厳密に言えば、自分の他に生命の気がないなどということはありえない。少し向こうで真っ白に光っている電灯の周りには小さな黒い影が円を描いて幾重にも廻っているし、道の両側には、植物という実に静かに、しかし力強く繁茂する命が時折の風に吹かれてさわさわと囁いている。 しかしこうやって家に帰るというただひとつの、しかし何回も繰り返してきた目的のために前に進んでいるだけで、交互に踏み出す左右の足の裏側から伝わってくる地面の抵抗感と、そして、筋肉と骨を通じて腹へ、胸へ、脳へと伝わってくる躍動のリズムは、私の体内で増幅され、何倍もの、何十倍ものふるえとなって、遂にそれは私を支配する音楽へと変貌を遂げ、私はそのままずっと、ただ真っすぐ前を見て脇目も振らず歩くようになる。そして、時折通り過ぎてゆく眩しすぎる光ーー車のヘッドライトの光がふと私の足元を照らしたとき。 そこには真っ白な川が、さらさらと流れていた。 ここ数日の雨と寒さで、地面に吹きだまっていたのは、ばらばらになった桜の花弁である。時には道のくぼみにそれは落ちて、それは小さな水に浮かんだ船となり、時にそれは風に吹かれて、道の端の方に吹き寄せられ、幾重にも折り重なって真っ白な点と線を成し、絨毯となり、いつまでもいつまでも、未練がましくひらひらと踊り狂っている。 そして人が操る巨大な鉄の車が傍若無人にも通り過ぎるとき、それはまるで一陣の風に煽られたように、巨大な手によって掬い取られたようにさらさらと舞い上がり、あたかも川が流れるかのように、否、時には細長い海に波が立っているかのように、はかなくも風の形をなぞって舞い上がり、そしてまた無防備に舞い散ってゆく。 それはいつまでもいつまでも、風が吹くたびに、車が通るたびに、今日の一晩中、繰り返されてゆくのだろう。そして明日の朝、きっと私は、そうやっていくつもの風の形を作ってきた柔らかな桜の花びらが土にまみれ、泥にけがされ、人に踏みつけられ、汚らしい残滓となってまばらに地面を覆っているのを見ることになるのだろう。 たぶん私は、目を背けることができないに違いない。 2005年04月13日
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