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『鴉』

誰もいない朝、夜通し騒がしかった街の電柱の根元に積み上げられたゴミ袋の側を通ると、汚らしいゴミの山の上に仁王立ちになった小さな黒い影が、ふとこちらを振り向いた。

鴉である。

優しすぎる朝の光が、アスファルトの表面をただよう倦怠感を浄化してしまう程にまだ十分に強くならない頃、通り過ぎる人などまだほとんどいるはずも無く、そこにあるのは、新しい1日のはじまりというよりは、むしろそれは過ぎ去った夜の余韻と、太陽の光によって何かが露になってしまうことを恐れるような、けだるい空気の澱みである。そんな停滞した街の中、強靱な爪をアスファルトに叩き付け、無数の黒い影が廃棄物の山から山へと、面倒臭そうに飛び回っている。

彼らは、人間という存在に気付いてはいるが、決して人間を気にしたりはしない。いつだって我が物顔で、基本的には、人間を嘲っている。

人間は欲望のおもむくままに様々なものを作り出すが、すぐにそれに飽きてしまう。私達はそれを過去と呼び、時代遅れと呼び、そして時にはそれをゴミとさえ呼ぶことがある。過ぎ去ったものに対する感性は基本的に鈍く、常に新しいものの方を向いていることを望んでいる。そのくせ、実際には新しいと呼べるようなものを創りだせることは実に少なく、一度は捨て去り、過ぎ去り、誰もが忘れているはずのものに時代という新しい袋をかぶせ、ラベルを貼り、今までとは異なった名前をつけてはそれを愛でている。

パンパンに膨らんでいるゴミ袋の山の上で仁王立ちになって人間を見下している鴉は、人間がもはや見向きもしなくなったものに生命の中で最も根源的な意味を見い出し、ただそれを追っているだけに過ぎない。彼らは我々を知識によって嘲るのでは無く、理論によって退けるのでは無く、本能という、本来あらゆる生命が持っているはずの、あまりにも根本的な感覚に因って、我々を嘲笑っている。しかし我々は、基本的にそれに気付くことは無い。なぜなら街の中で大切なのは、都会の魔力というのは、生命維持のための欲求を満たすことではないからである。我々の多くが惹き付けられているのは、維持のための欲求では無く、欲望と呼ばれることもある、それは拡大のための欲求なのだ。

そして人間は際限無く拡大することを望み、自らを律することが難しくなってしまう程にぶくぶくと肥え太ってゆく。意味を見い出すことには不感症になり、時代という新しい袋の豪華さを愛で、自尊心を満たすラベルを探し求め、そしてそういったものを所有することが、生活の最終目的になってしまう。所有することーーそれは、意味を見い出すことと同じではないはずなのに。

鴉は、人間にはもはや見えなくなってしまった真実を知っている。だからこそ我々は彼らを追い払う。そしてまた、我々は今日もゴミを捨てるはめになる。

2005年4月8日

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