『記憶の中の李白』
李白。周知の通りの唐代の詩人だが、ここでいう李白は、それを指すものではない。神田神保町にある喫茶店だ。いや、正確には、神保町にあった喫茶店である。 今日は、かなり久しぶりに書店の街神保町に行ってきた。地下鉄の駅を出てから奥野カルタ店に向かう途中で、久しぶりに「李白」に立ち寄ろうと思って、大通りを外れて裏路地に入ってみた。大通りの喧噪を少しだけ外れた止まったような空気の中で、いつもあるはずのものがなかった。喫茶店「李白」の行灯である。 胸騒ぎ。走りたいような気持ち。しかし、連れがいたので、表面上は平静を装って近くまで行ってみる。ガラス戸が閉まっている。直感的に、その向こうにはもう誰もいないということを悟る。 思えば、父がこの店を教えてくれたのは、強い太陽の照りつける夏の日だった。古本と喫茶店巡りが好きな父が、「いい店があるんだよ…」。普段はほとんど一緒に行動することのない父と私は、一緒に飯田橋の駅から歩いて「李白」に入っていった。陶器の飾られた薄暗い店内、ガラスのティーカップに入ったアイスティーを、今でも覚えている。 考えてみれば、あれからもう10年近くも経とうとしているのだ。10年ひと昔。喫茶店のひとつくらいなくなっても当たり前である。そもそも父とは違って喫茶店をほとんど利用しない私にとっては、たとえ喫茶店がなくなったところで何も困ることはないのだ。ただ、私が行く神保町にはいつだって裏路地に「李白」という素晴らしい雰囲気の喫茶店があって、たとえそこに行かなかったとしても、「李白」は常に私の中で「神保町」の一部を成す、なくてはならない存在だったのである。 数年前から、再開発が進んでいる地域である。事実、その後神保町を巡ってみたら、なくなってしまった書店も数軒あったようだ。新しい店舗が入っている場所もあった。しかし、それはあの街にはふさわしいものではない。新しくできた店舗のほとんどは、大資本によって店舗数を拡大している大手企業の支店に過ぎないのだ。そんな店舗なら、どこにあったって同じだ。別に、神保町になくてはならないものではない。 どこにでもある、置き換え可能なものがどんどん置き換え不可能なものを食い潰している気がする。私の知っている神保町は、もう、記憶の中にしかなくなってしまった。
追記1
追記2
2004年12月22日
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