『居るべき理由』スターバックスに入ってふと空を見たら、ガラス越しのけだるい夕景の青が、綺麗に映し出されていた。 私のスターバックスの利用目的は、あくまでもエスプレッソを飲むためだけにある。だから、普段は決して長居することはない。エスプレッソを注文してから飲みきるまでのせいぜい数分の付き合いである。人混みは好きになれず、そもそも喫茶店を利用することすら、ほとんどない私である。ましてやスターバックスともなれば、たいていの店舗では客足が途絶えることなどなく、少なくともそれは、私の好みではない。私にとってスターバックスは、ただ朝や食後のエスプレッソを飲むためだけに、存在しているのである。 しかしそれでも今日は、入り口のガラスの向こうに映し出されている青い夕暮れの空気と、灯りはじめている人口の明かりがあまりにも透明だったので、エスプレッソを飲み終わった後も、小さなカップの中が薄く茶色に乾いてゆくままに、つい長居をしてしまうこととなった。 いつも思うのだが、夕暮れや夜景は、遠く離れているからこそ、綺麗に見える。夕景の青は、本当は日没に向けて鮮やかさを失ってゆく滅びの青色であるし、人口の灯りは、ただギラギラと輝いて自己主張をするだけで、それは時には汚らしい欲望を飾り立てているだけの、実に空虚な光に見えてしまうこともあるのだ。 しかし例えば、遠く山の手から街を見下ろしたり、ガラスという額縁越しに、これら日没までの色褪せてゆく空気と、太陽への憧憬を技術によって補おうとするライトやネオンという人間の悪あがきを眺めていると、それはちっとも汚れているようには見えないのである。実に透き通ったーー純粋な美しさを持っているもののように、錯覚してしまうのだ。 そんなことを考えながら私はただ久しぶりに黙々とペンを走らせ、こうやって雑文を書いている。しかし薄い青色は、もはや日没間際の紺色へと変貌を遂げ、人工の灯りのみがやたらと目立つようになってしまった。それは、ほんの一瞬の美しさだったのだ。 空っぽのカップの中は、もう完全に乾いてしまったようである。私がもうここに居るべき理由はない。そろそろ店を出る時が、私に降りてきたようだ。 2005年04月06日
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