『これで、よかったのよね』窓の外、日だまりの中、浮かんでは消えてゆく情景、いつまでも飛んでいる蝶、揺れ止まらない雑草、真っ白に輝く土は乾ききり、濡れた思い出は遠く、今は真四角な部屋の中、草の香りの薄れた畳、本の色褪せた背表紙、音楽を形作るのは水、蛇口からただぽたりぽたり、時計のように正確に、洗い忘れた食器の山、乾いてはこびりつく残滓、いつまでもしつこくしつこく、こすってもこすっても、磨いても、削っても、いつまでも、薄れてはゆかない気持ち、泣きたくても泣けない生活、拭っても消えない過去、ただ重ねてゆくだけの日常、もういまさら綺麗にはなれない、時代は遡れない、どうしても取り戻せない、ただ打ち捨ててきただけの、未練などなかったはずの、あなたの面影を前に、今更よくはわからない、頭を下げる人たちの、哀れにも刻まれたしわ、瞳を潤す涙、震えている口元、唐突に思い出すあなたとの約束、とうの昔に変わった生活、そんな時代もあったよね、ただそれだけしか浮かばない、忘れさせるのは時の流れか、華やかな街の夜か、あんな時代のことなんか、あれはただの幻で、正しくても、間違っていても、そんなことはかまわない、ただ離れられなかった、一緒にいることしかできなかった、それしか思いつかなかった、蒼い時代のことなんか、ふとした思いやりの言葉なんか、あの日の約束なんか、信じてはいませんでした。 信じてなんか、いませんでした。
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